会社が死ぬとき、アセットはどこへ行くか
2026年8月4日、Proof of Playというゲームスタジオが事業停止を告知した。FarmVille共同開発者が立ち上げてa16zが出資したブロックチェーンゲームの会社。Pirate Nationというゲームを運営していた。
告知文は撤退の常套句で終わらなかった。ゲーム本体のUnityアプリ、スマートコントラクト、社内のエージェント開発ツール、そして可能な限りのアートを公開するとあり、アート群は著作権を放棄するCC0ライセンス。宛先にfuture builders & agentsとあった。未来の作り手とエージェント。
私はこの告知の3日後に、公開された45GBの閲覧サイト pirates.toming.app を建てて運営している。成り行きでそうなっただけの人間の話なので偏りは割り引いてもらうとして、この数日で「会社が死ぬときアセットはどこへ行くのか」の系譜を一通り掘ることになった。その記録。
45GBは合法なのに開けない
公開されたアートリポジトリは154,280ファイル、実体45GB。ゲーム内アセットのボクセルモデルが3,168体、キャラクターNFTの「Founder’s Pirates」が9,999体。それぞれにリグ付きの3Dモデル(glTF)とベクターイラスト(SVG)と高解像レンダが揃い、ボクセルのソースファイルやBlenderファイルまで入っている。投棄としては最上級の完全性。
ところが中を見る手段が無い。GitHubのUIはディレクトリの表示を1,000件で打ち切る。ファイルはほぼ全部Git LFSの中でプレビューが効かない。READMEは2行。つまり誰でも全部使ってよいのに、何があるか一覧する方法が存在しない。ダンプと使える形の間には距離がある。
1998年10月22日
この系譜の最古の実例は1998年に遡る。Crack dot Com。id Software出身のDave TaylorがJonathan Clarkと1994年に立てたスタジオで、Abuseという横スクロールアクションを出したあと、Golgothaという3D RTSの開発中に資金が尽きた。1998年9月に閉業。
その翌月の10月22日、彼らはGolgothaのソースコード、3Dモデル、テクスチャ、効果音ライブラリ、音楽、声優収録用の台本までをパブリックドメインで投棄した。当時のSalonの記事によれば、直後に約60人のボランティアが「Golgotha Forever」を名乗って未完成のゲームの完成を目指し、頓挫した。生のダンプに人が群がっても、使える形が無ければ続かない。1998年に既にその実例がある。
以後この作法は忘れた頃に現れる。2013年、Slackの前身Tiny Speckが畳んだMMO「Glitch」のアート1万点超がCC0で公開された。社長Stewart Butterfieldの言葉が残っている。「あの創作がすべて永遠に仕舞い込まれると思うと耐えられなかった。公共財として自由にすることが、このプロジェクトにふさわしい遺産だ」。2023年にはカードゲームDuelystが全ソースと全アセットをCC0で公開。そして2026年のPirate Nation。告知と同日に全量という速度は系譜の中でも最速。
解放は例外で、消滅が既定
ただし数を数えると、この系譜は例外の列挙にすぎない。大半のスタジオの死は何も残さない。Telltale Gamesの倒産(2018)もGoogle Stadiaの撤退(2023)もアセットを1点も解放していない。IPがパブリッシャーの資産である限り、清算の場では担保に回る。
解放が起きるのは、作り手がIPを握ったまま畳むときにほぼ限られる。Crack dot ComもTiny SpeckもCounterplay GamesもProof of Playも全部そう。そして解放されなかった側には影のチャネルがある。City of Heroesは閉鎖から7年目に流出サーバコードでコミュニティが蘇生させ、権利者のNCsoftが数年の黙認を経て2024年に正式ライセンスで追認した。Falcon 4.0は流出したソースの上に四半世紀の改造史が積み上がっている。公式の解放が無い世界では、リークと黙認が保存の代替経路になる。健全とは言い難いが、現実の多数派。
再配布できるライセンスかが先に効く
似た死に方をしたサービスを3つ並べると、分かれ目がはっきり見える。
Googleが2021年に閉鎖した3D共有サービスPolyは、モデルがCC-BYとCC0で投稿されていた。だから第三者が合法にミラーでき、Poly Pizzaという閲覧サイトが建って今も現役。私が去年から作っているCC0モデルの星図 caelum もこの上に乗っている。
Microsoftが2020年に閉鎖したRemix3Dは、ユーザー投稿モデルがMicrosoftの利用規約の中にあってオープンライセンスが無かった。閉鎖と同時に全コンテンツが削除され、ArchiveTeamの断片的なスクレイプが残っただけ。閲覧可能なアーカイブは今日まで存在しない。救出者が現れても、再配布する法的足場が無かった。
Allen AIの3DデータセットObjaverse-XLは1,000万点を謳うが、半分超がGitHubからのクロールで権利不明。だから配布はファイルでなくURLのポインタで、リンク先のリポジトリが消えるたび資産が静かに減っていく。公式のブラウズUIは空表示のissueが放置されたまま。
データが残っているかではなく、再配布できるライセンスかが先に効く。死に際にCC0を刻んだ会社は、自分のアセットの救出可能性をその一筆で買っている。Glitchの1万点が13年後の今もゲーム開発のチュートリアルに現れるのは、この一筆があったから。
ダンプに玄関を建てる人たち
ライセンスが条件だとして、使える形に変えるのは別の誰か。この仕事には思いのほか厚い先例がある。
Yahoo!が2009年に削除したGeoCitiesは、Archive Teamが約641GBをスクレイプしてtorrentで放流した。そのままなら誰も開かない1TB弱を、net art研究者のOlia LialinaとDragan Espenschiedは別の形に変えた。各サイトを当時のブラウザと当時の解像度で開いてスクリーンショットを撮るパイプラインを組み、Tumblrに約20分に1枚、2013年から今日まで自動投稿し続けている。倉庫を検索可能にする代わりに、時間軸に薄く引き伸ばしてフィードにした。10年以上続いて、まだ終わっていない。
Internet Archiveは逆に即時性へ全部を賭けた。MAMEやDOSBoxをブラウザで動く形に移植し、MS-DOSゲーム数千本をクリック3秒で起動できるようにした。触れる形にした瞬間、保存物は死蔵から文化に戻る。同じ系列のDiscmasterは、archive.orgに眠るCD-ROMイメージの中身を展開して検索エンジンにした。公開時で9,170万ファイル、現在は18億超。ファイル形式で横断検索できるのが本体で、90年代のCD-ROM全部を対象に「.modの音楽だけ」「3Dモデルだけ」が引ける。イメージの中に埋まっていたファイル1つ1つに、初めて個別の到達可能性が生まれた。
エンジン再実装という流派もある。ScummVM、OpenMW、OpenRA、DevilutionX。ゲームデータは著作権のまま、失われた実行環境の側だけをクリーンに作り直す。ScummVMは2001年にLucasArtsのアドベンチャーエンジンの逆解析から始まり、今では100超のエンジン再実装で市販アドベンチャー300本超を動かし、GOGの正規再販がScummVMを同梱して出荷される逆転まで起きた。OpenRAのコミュニティが生き続けた結果、Electronic Artsは2020年にオリジナルのCommand & ConquerのソースをGPLで公開した。玄関が生きていると、権利者が後から門を開けることがある。
共通項は毎回同じ。索引、プレビュー、検索、安定したURL、実行環境。ダンプに欠けているのはデータではなくこの5つ。
3日でやったこと
Pirate Nationの45GBに対して私がやったのも、結局この5つの提供にすぎない。
告知の翌々日に45GBをフルミラーした。LFSの帯域費は清算中の会社のGitHubアカウント持ちで、いつダウンロード不能になるか分からないから、CC0の投棄物はミラー自体が保存になる。次に3,168体のモデルをヘッドレスブラウザで一括レンダしてサムネイルを作り、1体1ページの静的サイトを生成した。アセット3,168とNFT9,999で計13,167ページ。モデルはその場で3D表示して、アニメーションも再生できる。
作業中に2つ発見があった。1つは骨格。全キャラクターが16関節の同一リグで作られていて、歩行からダンス5種まで32本のアニメーションが1セットだけ存在し、どのキャラクターにも適用できる。クリップを持たない9,999体のNFTも、この共有セットを着せれば全員踊る。もう1つは向きの制作規約。カテゴリごとにモデルの正面方向が統一されていて、それを知らずに最初のレンダを回したら、数千体が揃って後ろを向いていた…。個体の異常に見えたものが組織の規約だった。どちらも一覧できる形を作る過程でしか出てこない類の知見。
最後に、告知文の宛先が「builders & agents」だったことへの返礼として、機械可読の玄関も建てた。llms.txtと、全アセットのメタデータとURLを載せたcatalog.json。人間にはグリッドとサムネイル、エージェントにはJSONとホットリンク歓迎の明文。配信はCloudflare R2で、転送量課金が無いので直リンクをいくら踏まれても維持費は月に数十円で収まる。会社の死から玄関の開店まで3日。系譜の中でこの速度が出たのは、先人たちが何を足せばいいかを既に示していたから。
上流はいつまで持つか
Pirate NationのLFSがいつまでダウンロード可能かは分からない。清算が終われば請求先が消える。止まった日にミラーが正本になる。
系譜の次の行は、また別の会社の死で書かれる。残るか消えるかは死ぬ側が最後に選ぶライセンスでほぼ決まる。上流が止まる日まで、玄関の掃除をしながら待つことになる…。